墨壷(すみつぼ)をご存じですか?
墨壷(すみつぼ)は、木材に印をつけるための道具で、大工にとって欠かせない道具の一つです。「手刻み」と呼ばれる木材を組む作業をするときに、基準になる場所に印をつけるために使います。大工にとって墨壷は、なくてはならない道具です。
今回は、この「墨壷」について、ご紹介します。紙などに線を引くとき、普通は、定規を使いますね。木材に線を引くときに使うのが、この墨壷なのです。おもにセンターラインに墨をつけたり、水平の目安にしたりします。
わずか1mmの誤差も許されない厳しい世界
家の設計は、とても緻密です。わずか1mmの誤差があっても、家は傾いてしまいます。大きな「家」ですから、「1mmくらいの誤差は平気なのでしょう?」と思われるかもしれません。しかし、その1mmの誤差が、大きな木材の両端に発生し、その木材が組み合わさって大きな家になっていることを想像してみてください。その誤差は、積み重なって2mm、3mmとなり、家の傾きや歪みとなってしまうのです!
一人前の墨が打てるようになるのに3~4年も掛かる
わずかな誤差も許されない厳しい世界で使われているのが、墨壷なのです。
墨のついた糸をパチンとはじいて、一発で線を付けます。この作業を、「墨を打つ」とか、「墨を付ける」と言います。きちんと一人前の墨が打てるのに、3~4年掛かると言われています。
とはいうものの、親方から手取り足取り教えてもらうのではありません。兄弟子や親方の姿を見て、横からその技を盗むのです! もちろん、最初のうちは、現場でいきなりやることはできないので、親方のいないところでなんども練習を重ねます。僕も、若いころ、こっそり親方のいないところで練習しました。でも、こっそり練習しているつもりでしたが、親方のほうも、僕が練習しているのをこっそり見ていたそうで、「墨が打ちたいなら、木の墨壷を買って来い!」と言われました。
墨壷で使う糸は、ナイロン製の0.38mmのものを使っています。0.5mmでも太すぎるのです。こうしたごく細い糸を使って、1mmもずれないように、墨を打っていきます。0.38mmとか、0.5mmとか、なんて小さい数字なの?と思われるかもしれません。でも、パチンと墨を打ったときに糸がぶれたり、墨がにじんだりすれば、引かれる線は太くなってしまいます。その線の右側の隅の位置を取るか、真ん中の位置を取るか、左側の隅の位置を取るかで、ずいぶんと取る線の位置が違ってきます。こうしたわずかな位置の違いだけでも、つもり積もって、誤差や歪みになってしまいます。そうした誤差を少しでも減らすために、細心の注意と技術で作業しているのです。
社寺建築でも、この作業がないと建てることができません。材木を見ながら、「この子は曲がっているから、こっちに。この子はこっちに持っていってあげよう」と番付けしていって、墨付けをしていきます。
昔に比べると材木の曲がりは少なくなってきました。それでも、曲がっている子も、まっすぐな子も、いろいろ使います。そのすべてを、どこに入れてやればいいのか、どの向きに入れてやればいいのか、算段しながら組んでいきます。
それは、僕らの経験と知識によるものなのですね。奥が深いでしょう?
木の墨壷について
最近は、プラスチック製の墨壷もあります。でも、昔は墨壷は、その土地にある材木で作られてきたそうです。僕は、道具屋さんで買うのですが、欅(けやき)の4~5万円する(坪辰さんという職人さんの少し縁起物の彫刻が入った。)墨壷を使っています。
墨壷職人は、どんどん減ってきてしまっていて、今は、全国に数名しかいらっしゃらないそうです。気に入っている墨壷なのでストックしています。大工が減り、手刻みが減り、プラスチック製品に置き換わって道具職人も減る……。日本の財産が減っていくことが、とても残念に思えます。